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2026年4月13日月曜日

イラン深部での米軍救出作戦「エピック・フューリー」全貌解説【F-15乗組員生還の裏側】

イラン敵地からの米軍パイロット決死の救出作戦エピック・フューリーの全貌

敵地イランでの決死救出作戦「エピック・フューリー」の全貌

2026年4月5日、世界の軍事史に新たな伝説が刻まれました。「オペレーション・エピック・フューリー(Operation Epic Fury)」と名付けられたこの作戦は、イラン上空で撃墜されたアメリカ軍のF-15Eストライクイーグル戦闘機の乗組員を救出するための、極めて危険かつ大規模なミッションです。撃墜から2日後、イランの南西部、チャハルマハル・バフティヤーリー州ダシュト近郊に広がるザグロス山脈の中心部で、その死闘は繰り広げられました。

ザグロス山脈は、標高7,000フィート(約2,100メートル)を超える切り立った尾根、深く険しい岩の谷、そして崩れやすい頁岩(けつがん)の斜面が連なる、まさに自然の要塞です。身を隠すには適している一方で、負傷した状態で迅速に移動するにはこれ以上ないほど過酷な環境と言えます。さらに最悪なことに、この山脈にはイランの精鋭部隊である「イスラム革命防衛隊(IRGC)」や地元民兵が徹底的な包囲網を敷いていました。アメリカ軍にとって、この救出劇は単なるピックアップではなく、敵の強固な防衛網の奥深く、まさに「虎の穴」へと飛び込む決死のダイブだったのです。

撃墜されたF-15Eには2名のパイロットが搭乗していましたが、高高度で緊急脱出したため、パラシュートの軌道が風に流され、2人は地上で数マイル離れた場所に降下してしまいました。操縦士は撃墜翌日の初期の救出作戦で無事に保護されましたが、その際に救出に向かったHH-60Wジョリーグリーン・ヘリコプターも激しい対空砲火を浴びて深刻なダメージを受けています。そして、敵地にただ一人残されたのが、非常に高く評価されている大佐であり、兵器システム士官(WSO)を務めるもう一人の乗組員でした。

ザグロス山脈での孤独な48時間:WSO(兵器システム士官)のサバイバル術

アメリカ軍は、残された大佐の安全を確保するため、2度目の救出作戦の準備を進めながら徹底した情報統制を行いました。一方で、イラン側はアメリカ軍の将校を生け捕りにし、巨大なプロパガンダの勝利を得ようと血眼になっていました。大佐の首には6万ドルという高額な懸賞金がかけられ、周辺の村人たちまでもが捜索に参加するハンティング・ゲームと化していたのです。しかし、ここで真価を発揮したのが、アメリカ軍が莫大な時間と予算を投じて兵士に叩き込む「SERE(Survival, Evasion, Resistance, Escape=生存・回避・抵抗・脱出)」訓練の成果でした。

地面に激しく叩きつけられ負傷した大佐は、即座に完全な「回避モード」へとスイッチを切り替えました。光を反射するものや音の出るものを捨て、追跡犬や地上部隊の足跡をごまかすために、あえて足場の悪い岩場や斜面を選んで暗闇の中を移動し続けます。また、敵の通信傍受を避けるため、音声通話は一切行わず、「CSEL(戦闘生存回避者位置指示器)」と呼ばれる特殊なビーコンのみを使用しました。これは、敵には単なるノイズにしか見えない暗号化された短いデータ通信を衛星経由で送信するシステムであり、「負傷しているが移動可能」「敵が接近中」「即時抽出を要求」といった定型メッセージのみを米中央軍(CENTCOM)へと送り続けました。

昼間は岩の裂け目に身を潜めて水分と非常食を少しずつ口にし、IRGCの車両の音や声が谷底から響いてくる間は何時間も息を殺して静止する。そして夜になれば再び移動を開始し、捜索隊の裏をかく。極寒の山の冷気と負傷による激痛に耐えながら、大佐はCIAの諜報資産や上空のドローンに見守られ、決して一人ではないと信じて孤独な48時間を生き抜いたのです。

米特殊部隊の総力戦:ナイトストーカーズと圧倒的な航空支援

大佐の生存と正確な位置が確認されると、アメリカ軍は直ちに巨大な統合作戦部隊を編成しました。地上部隊として投入されたのは、「他を生かすために(That Others May Live)」をモットーとする空軍の医療特殊部隊パラレスキュー(PJ)をはじめ、海軍のSEALs(おそらくその最高峰であるDEVGRU)、陸軍のデルタフォースやグリーンベレーといった、アメリカ軍が誇る最高峰の特殊部隊の混成チームでした。

彼らを敵地の奥深くへと送り届けたのは、「ナイトストーカーズ」の異名を持つ第160特殊作戦航空連隊です。MH-6やAH-6といった小型ヘリコプター(リトルバード)を駆使し、超低空・高速での潜入を実行しました。さらに上空では、30mmガトリング砲を搭載したA-10サンダーボルトII攻撃機、MQ-9リーパー無人航空機、さらにはF-35ステルス戦闘機などが厚い航空支援(CAS)を提供し、イランのレーダーや通信システムをジャミング(妨害)する電子戦機も展開されました。

しかし、救出部隊が大佐と合流し、彼を安定させた直後、執拗に追跡を続けていたイラン部隊が抽出地点に急接近し、凄まじい銃撃戦が勃発しました。アメリカ軍特殊部隊は圧倒的な制圧射撃で応戦し、上空からはA-10攻撃機が壊滅的な近接航空支援を叩き込みます。MQ-9リーパーは、大佐に半径3km以内に近づいた武装したイラン兵を次々とピンポイントで排除しました。現場には黒焦げになったリトルバードの残骸が残されたという噂があるほど、現代における最も深く、最も激しい敵地での交戦の一つとなりました。

緊迫の脱出劇:輸送機「MC-130J」の破棄と究極の決断

激しい銃撃戦を制したものの、真の危機は脱出(エクスフィルトレーション)の瞬間に訪れました。大佐を救出した部隊は、イスファハン南部の遠隔地にある簡易的な前線給油・武装拠点(FARP)へと移動し、敵地に着陸可能な特殊作戦用輸送機「MC-130J コマンドーII」に乗り込んで脱出を図る計画でした。しかし、複数機着陸したMC-130Jのうち2機が、現地の柔らかい砂に車輪をとられ、抜け出せなくなってしまったのです。

背後からはイラン軍の増援が迫っており、機体を掘り起こしている時間は1秒もありません。ここでアメリカ軍の特殊部隊は、究極の決断を下します。機密技術や残骸がイランの手に渡り、プロパガンダに利用されるのを防ぐため、脱出できない2機のMC-130Jに爆薬を仕掛け、自らの手で破壊・炎上させたのです。

直ちに代替機の要請が行われ、空軍特殊作戦コマンドの極秘飛行隊(第427特殊作戦飛行隊)に所属するC-295Wとみられる機体が飛来しました。最終的に、負傷した大佐を含むすべての救出部隊メンバーがこの機体に乗り込み、誰一人としてイランの地に残すことなく、無事に友軍の空域へと帰還を果たしました。

当事者たちの声:「誰一人として置き去りにしない」というアメリカの誓い

この歴史的な救出作戦の成功を受け、トランプ大統領(当時)は次のような力強い声明を発表しました。

「我々は彼を奪還した。アメリカ国民の皆さん、過去数時間にわたり、アメリカ軍は米国の歴史上最も大胆な捜索救助作戦の一つをやってのけました。勇敢な戦士である彼は、敵が刻一刻と迫るイランの険しい山脈の敵陣の背後にいましたが、彼が真に一人になることは決してありませんでした。(中略)イラン軍は必死に捜索し、彼に迫っていましたが、アメリカは圧倒的な武力でその呼びかけに応えたのです。」

動画の配信者であるマックス・アフターバーナー氏も、この作戦を「特殊部隊、航空部隊、ドローンオペレーターの完璧な連携の賜物」と絶賛しています。自国の最新鋭の輸送機を爆破してでも仲間の命を優先し、技術の流出を防ぐという冷徹かつ勇敢な判断。そして、兵士の命を救うために数兆円規模の軍事アセットとエリート部隊を惜しみなく投入する姿勢。この「エピック・フューリー作戦」は、アメリカ軍が掲げる「誰も置き去りにしない(Never leave a war fighter behind)」という鉄の掟と、それを実現するための比類なき軍事力を世界に見せつける結果となりました。

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