50日間の暗闇から「ホワイトリスト化」された監視社会へ
現代社会において、インターネットから完全に切り離された生活を想像できるでしょうか。ある現地のYouTuberが発信した悲痛な報告によれば、彼らが住む国(イラン)では、約1,200時間——日数にして約50日間にも及ぶ大規模なインターネットの通信遮断が行われていました。そして現在、ようやくネット回線が「復旧」したものの、それは以前私たちが知っていたような自由で開かれたウェブの世界ではありませんでした。
これまで同国のネット検閲は、政府が特定のウェブサイトやサービスを指定してブロックする「ブラックリスト方式」を採用していました。しかし、50日間の暗闇を経て導入された新しいシステムは、まったくの逆です。デフォルトですべてのサイトへのアクセスを遮断し、政府が安全だと判断した特定のサイトだけを一つずつ許可していく「ホワイトリスト方式」へと移行したのです。
配信者はこの絶望的な状況を、「一部のウェブサイトを失ったのではなく、すべてのウェブサイトを失った」と表現しています。現状では、Google検索とGmailだけは一般公開され機能していますが、GoogleドライブやGoogle Meetなどの関連サービスは一切利用できません。画面上ではGoogleの検索結果が表示されても、サービスにログインしようとするとタイムアウトになり、外部サーバーとの通信(Ping)も通らないという、徹底的にコントロールされたデジタル空間に閉じ込められているのです。
命かネットか——「インターネット・プロ」とVPNの異常な高騰
このような極端なネット検閲を回避し、海外のプラットフォームにアクセスするため、市民は仮想プライベートネットワーク(VPN)に頼らざるを得ません。しかし、そのVPNの設定にかかる費用が現在、信じられないほどの高騰を見せています。
「10ギガバイトのインターネット通信料が、5キロの肉、あるいは鶏を丸ごと10羽買うのと同じ値段なんだ。ネットに繋がるか、まともにご飯を食べるか、その選択を迫られるのを想像してみてほしい」
この市民の足元を見るかのように、政府は公式のインターネットプランを二重化しました。検閲済みの国内向け「ノーマル・インターネット」(1GBあたり約3万リアル)に加え、グローバルなウェブにアクセスできる「インターネット・プロ」という超高額プラン(1GBあたり約50万リアル)を新設したのです。しかも、「プロ」を利用するためには政府に個人情報を提供し、「なぜ海外のネットに繋ぐ必要があるのか」という正当な理由を説明し、審査を受けなければなりません。
さらに皮肉なことに、政府が「利用可能」として許可した数少ない最新ツールは、中国発のAIモデル『DeepSeek(ディープシーク)』でした。しかし、このAIを使用するためには二段階認証やGmailアカウントへのログインが必要不可欠です。そもそも大半の市民がGmailをまともに開けない通信環境に置かれているため、結局のところ誰の役にも立たないという笑えない現実が広がっています。
肉を買うためにローンを組む——崩壊する経済とハイパーインフレ
インターネットの長期遮断は、ただ個人の表現の自由を奪っただけではありません。国家経済にも壊滅的な打撃を与えました。政府の推計によれば、この50日間で約12億ドル(約1,800億円)もの甚大な経済的損失が生じたとされています。しかし、一般市民にとってそれ以上に肌で感じる恐怖は、猛烈なスピードで進行するハイパーインフレです。
配信者が日常の買い物で直面している現実は、私たちの常識を遥かに超えています。日用品や食料の価格が暴騰し、もはや現金一括で夕食の材料を買うことすら困難な状況に陥っています。
「スーパーに肉や鶏肉を買いに行って、お金が足りなかったらどうする?レジに行って、肉を買うための分割払い(ペイメントプラン)をお願いするんだ。銀行でローンを組むように、決められた期間内に返済しなきゃならない。高級品じゃない、ただの食べ物なのにだ」
物価の高騰は衣類や装飾品にも容赦なく襲いかかっています。ごく一般的なジーンズ1着が1,900万リアル(現在の実質的な購買力に換算すると途方もない金額)、恋人に贈るためのドレスが5,000万リアルにまで跳ね上がっています。こうした異常なインフレに対応するため、中央銀行は新たに500万リアル札と1,000万リアル札という超高額紙幣を発行しました。紙幣のゼロの桁が増えていく光景は、国の経済コントロールが完全に失われていることの決定的な証拠です。
「ハムスター」にすがる大人たちと、爆発音を無視して働く日常
この絶望的な経済状況下において、一般労働者の平均月収は約1億5,000万リアル(約1,500万トマン)程度にとどまっています。その一方で、恋人に贈るささやかな指輪の価格が13億リアル(月収の約9倍)もするという現実を前に、人々は国内でのまともな労働に見切りをつけ、ありとあらゆる手段で外貨や暗号資産(仮想通貨)を稼ごうと必死になっています。
その象徴とも言えるのが、メッセージアプリ「Telegram(テレグラム)」上でプレイできる『Hamster Kombat(ハムスター・コンバット)』というタップゲームの異常な流行です。
- 画面上のハムスターをタップするだけで仮想通貨がもらえるという触れ込みのモバイルゲーム。
- まともな仕事では生活できないため、大人から子供まで数百万人の市民がスマホの画面を叩き続けた。
- 最終的に十分な生活費を稼げるような結果にはならなかったが、それでも人々が群がるほどに経済的困窮が極まっていた。
配信者は「国の経済が悪化しすぎて、Telegram内のボットゲームでお金を稼ごうとするなんてどうかしている」と憤りを隠せません。しかし、どんなに情勢が不安定であっても、夜間に街頭で国旗を振る集会が行われていても、翌朝になれば人々は働きに出ます。休めば文字通り「餓死」が待っているからです。配信者はこの異様なメンタリティを、「アクション映画で、背後で大爆発が起きているのに気にせず歩き続ける登場人物」に例え、もはや安全かどうかなど気にする余裕すらない市民のギリギリの姿を浮き彫りにしています。
まとめ:国外脱出という名の「エルデンリングのボス戦」
アメリカの経済制裁が原因なのか、それとも国内の経済政策の失敗が原因なのか。そうした政治的な議論はともかくとして、そのしわ寄せをすべて最前線で被っているのは、ただ日々の生活を営もうとしている一般市民です。配信者は、現状の母国でこれ以上生き抜く未来を描くことは不可能だと断言します。
「もし国内でフライトが再開されたら、最初のチャンスで絶対に国を出る。でも、国を出た後も、その国で滞在し続けるために『エルデンリング』のボス戦みたいな過酷な試練を乗り越えなきゃならないんだ」
『エルデンリング(Elden Ring)』とは、世界的に大ヒットした超高難易度のアクションRPGゲームのことであり、ここでは「何度も死を覚悟するほど絶望的で困難な壁(海外でのビザ取得や移民手続きなど)」の比喩として使われています。彼は国外に脱出した後、恋人と結婚し、なんとか新しい地で生き残ることを切実に願っています。
インターネットのホワイトリスト化、日々の食肉の分割払い、そして仮想通貨ゲームへの逃避。この動画は、国家のシステムと経済が崩壊していく中で、それでもしぶとく生きようとする人々の「究極のサバイバルドキュメンタリー」として、平和な日常を送る私たちに非常に重い問いを投げかけています。
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